自転車との出会い【スタッフ 小野寺】
始めまして!
私、小野寺健が自転車に出会った頃からを振り返りたいと思います。
私の出身地は北海道札幌市の南区の山に近い所で育ちました。
小学生だった時はバスケットに打ち込んみ、その時の夢はNBA選手になる事。
でも月日が経ち、中学生になった僕は変わらずバスケットが好きでしたが、取り巻く環境などの変化で先がないと思い辞めました。そんな時に出会ったのが、釣りとマウンテンバイク。


90%釣りにハマり、渓流釣り、海釣り、餌からルアー、色々しましたが、フライフィッシングにドはまりし、毛鉤を巻くのも大好きでした。
釣りの足として多く活用したのがホームセンターで売っていた少し高いMTB。

釣りの足だったMTBで、友達といろいろ行くようになり、気づけば釣り具を持たずにツーリングにハマって行きました。河川敷や公園のオフロードを走るのも楽しかったです。
初レースは小さな草レースで、全然結果は良くありませんでしたが、ワンウェイの林道を走った時の感動は今でも鮮明に覚えています。
2回目のレースは何故か北海道選手権大会で、ジュニアクラス2位(二人)
3回目のレースは雪国ならではの雪上レースでした。

次第に、釣りからツーリングになり、ツーリングからレースにハマって行きます。
ハマってしまったきっかけは2回目のレース、北海道選手権の時に僕はジュニアクラスで出場していましたが、なんと!エリートクラスですでに山本幸平選手(オリンピック3大会出場)が走っていたのです。
そこからです。
雪の積もる北海道、家の中でエアロバイクでトレーニングし翌年をむかえ、スポーツクラスでの初戦は3位。
エキスパートクラスに昇格できました。
北海道のシリーズ戦に出場していき、エリートクラスに上がって行くために頑張りました。

同じ会場で、初めてのロードレースにも出場しました。
今中大介さんがゲストでMCしていたのを思い出します。結果はジュニアクラス優勝。

北海道エリートクラスで初表彰台は2位でした。(1位山本和弘 3位山本幸平)

この年にはエリートクラスに上がり、翌年の同じ場所での大会ではエリートで優勝していました。
写真は山本ブラザーに囲まれてのものです。
中学校2年生で初レースから高校生になり、初めての全国シリーズ参戦(Jシリーズ)
100人以上が一斉スタートするほど盛り上がっていたJシリーズ、スポーツクラスで3位ゲット(仙台・泉ヶ岳)、次戦からエキスパートクラスに昇格しました。

エキスパートクラスに上がってからは、なかなか優勝することが出来ず、エリートクラスに昇格するのに1シーズン費やしました。この時のルールはスポーツクラスは3位まで昇格でき、エキスパートクラスは優勝か、シリーズランキング上位何名かと決まっていました。
この写真の優勝した人はロードのプロ選手だったらしく、表彰後、「あいつは本物だから仕方ないよと」関係者に言われメラメラしたのを思い出します(笑)
エリートに昇格後は30番台を走っていた記憶です、翌年には10番台前半ぐらいでゴールしていたかと思います。

この辺りになると、プロで走っている選手や何かしらサポートを受けて走っている選手が多くなり、次第にジュニアクラスでの世界選手権出場なども視野に日入ってきます。

高校3年生の時に、自転車部がなかったので、形だけでも作ればインターハイや国体に出れる実力はあるよと、言われたので、自転車部を作り、インターハイと国体に出場しました。この時の選考レースは函館の競輪場(バンク)でピストバイクに乗り、ポイントレースとエリミネーターに出場し優勝し出場権を獲得しました。
インターハイは終盤の上りで2人になり逃げましたが、10数人の下りゴールスプリントで10位ぐらいだったと思います、北海道のレースでは味わうことがなかった密集度でした。
国体は選手宣誓を何故か僕がし、あとはバンクで落車したことしか記憶にないです・・・

高校生のロードレースではツールド東北と言う3日間のステージレースがありました。
この写真は3日目仙台のゴール直前の物です。
全国レベルの高校生の中で初めて走ることもあってどれぐらい走れるのか手探りでしたが、チームメイトだった山本幸平君から「ケンが一番上り早いよって」言われ、アタックしてギリギリ優勝できた写真です。

長くなりましたが、上の写真でこのページを締めくくりたいと思います。
Jシリーズでの成績、全日本選手権ジュニアクラス優勝があり世界選手権の出場まで漕ぎつけました。
写真のバイクは冬の間アルバイトして買った物で、今は子供と一緒にトレイルやサイクリング行くときに活用しています。
高校3年生の時に使用させていただいたロードバイクやサスペンション、サングラス、シューズなどをサポートして頂いた企業さんや自転車屋さんに感謝しかありません。
4人で撮った写真は、僕、トーマス・フリシュクネヒト(超有名人な世界チャンピオン)山本幸平・宇田川さん
初の世界選手権はスイスでした。選ばれても実費・・・学校や北海道方々からの寄付があり大変助かりました。
そして、レースの方はリザルトを覚えていません・・・コースの難易度が桁違いで難しく、走るので精一杯でした。 これが僕の世界デビューでした。











