MTB アジア選手権大会 同行レポート 1
こんにちは!!
私、スタッフの小野寺です!
今年のアジア選手権はウズベキスタン!場所は???中東方面かとあやふやな印象でしたが、日本代表チームのメカニックとして帯同してきましたので、その様子を少しお伝えできればと思い書かせていただきました。
まずは、羽田空港からこの遠征はスタートしました。

各自バイクを専用ケースに入れるか、段ボールに入れて預けます。
自転車は1台数万円のオーバーサイズ料金がかかります。
預け荷物は2つまで無料なので、メカニックの工具を一つ預け、もう一つを連盟から持っていく荷物分に充てたりと少しでもお金のかからないように工夫し飛び立ちます。

上海を経由し、ウズベキスタンの首都 タシュケント空港に10時間?ぐらいかかり到着しました。
現地の空港には荷物を運ぶためのカートが少なく、カートの取り合い合戦が繰り広げられていたみたいです・・・
ホテルまでは荷物をトラックに入れ込み、人はバスで今回出場する国々の選手たちと乗合いで向かいました。

僕の後ろはどこの国の人でしょう??

ホテルの窓から見た風景です。

謎のオブジェが見えたので、翌日ランニングで見に行きました。
この国の歴史を現したような像が並んでいました。

この辺りは、オリンピックを見据え造った場所らしく、でかい競技場などもあったり、僕らのホテルも選手村に使用予定だったであろう物でした。

到着翌日は、軽く足を回したい選手達はバイクを組み立て、走りに行きました。
今回はバイクを会場に置いて帰らなければならなく、こちらから会場に運ぶときは箱に入れて、持ち帰るときも箱に入れて。とても面倒な事になっていましたが、その言いつけも最後まで守っていたのは日本だけでした・・・
バイクをトラックに生身のまま入れるのも故障の原因になるのが怖いので良かった部分もありましたが、なかなか面倒な今回のルールでした。

ホテルのご飯を食べるところはこんな感じで、反対側にも席とテーブルがたくさんありました。

ホテルの前で各国バイクの組み立てなどを行っています。

コースに合わせてダブルクラウンから普通のサスペンションに交換しています。

初めて会場に行くときのバスは日本と中国と1台ずつで向かったのですが、僕らの乗ったバスはこれから山道を登るぞ!という前にバスを止め、ラジエーターを水で冷やしだすぐらいボロボロのバスでした・・・
でも中国チームのバスはエアコンが壊れていたみたいで、それはそれで悲惨・・・
初めの話では会場まで1時間ということでしたが、いざ行くと1時間半・・・あれっ?
これぞアジア選手権。
バスは日に日にアップグレードされていきました。

各国のテントが並んでいます。テントな中にバイクを収納して帰るパターンでした、夜な夜な盗みに来る人がいたら凄いことになりそうですね。その辺はセキュリティーが24時間あるみたいなのでお任せするしかないのです。

日本ブースの初日はまだ整理が出来てなくごちゃごちゃしてますが、こちらも日に日に整った空間を作っていきました。
他の国々との交流も普通にします、何か困ったことがあればほかの国に助けてもらうこともありますし、困っていれば出来るだけヘルプします。
20年前だったら日本の選手が乗っているバイクが最高級ばかりだったり、ほかの国が持っていないパーツや工具など、かなり日本のテントにはいろんな国の方が助けて~と来ていました。
今はそんなことも少なく、各国バイクは最高級ですし、見た感じインドが一番全カテゴリー最高級のバイクを乗っていたように見えました。
今回僕のところにイランの選手がエンドを曲げてしまったと来ました。早速100%は戻らないことを伝え、作業し終えると、「お金を払いたい」と・・・いや・・・「大丈夫だよ」でも何かお礼をと言うのです。
最終的にイランの国旗にオリンピックの五輪マークの入ったバッジをくれました。

昔は、コースウォークなんてXCのコースでは無かったんですが、今は日程を組まれるぐらい普通になって来てますね。特にこのような国際大会ではですね。

上から見ると結構な斜度なんです、こんかいのXCコースは取り合えずジャンプと丸太が多い印象で、無理くり作った場所もちらほら。さすがに、ただ危ないだけのセクションは各国のクレームにより撤去されました・・・

目の前の丘の中腹ぐらいまで上りがゴール下から続きます。早速試走に向かった選手達ですが、速攻帰ってきました・・・

写真では晴れているのですが、この1時間前まで雷雨が起こっていて、すごい風と雨の後だったのです。
そして、コースはなんとも・・・走行出来ないレベルの泥のつき方になっていました・・・ちっと上り始めただけでこれですよ・・・
さて、これからレースが始まって行きます!! どうなる事やら。。。














